(元)リケジョのポスト

元企業研究員の元リケジョが、技術革新型イノベーションを諦められない話

事例調査 – 3Mを見てみる

以前の記事で、「イノベーション」「技術で世界を変える」「技術の事業化」について話してきた。そろそろ少し具体的な話がしたい。しかし真にイノベーティブな機会に恵まれなかった私の手元には、具体的な話の弾はない。(失敗事例ならたくさんあるが…)

成功事例を選んで分析することがセオリーだろう。「ケーススタディ」とか、「ベストプラクティス」とかいうやつだ。

だだ残念なことに私はこのやり方に懐疑的である。コンサルの方法論として頻出なのだが、役に立った経験がないのだ。と言うと語弊があって、「クライアントが要求する」という意味では十分役に立つ。つまり依頼費用分は十分な役割をこなしているし、「クライアントのご満足が全て」という意識低めの構えならそれでいいのだ。しかし自分の調査物も他人の調査物も、真の意味では踏み込みが足りないように感じる。調査対象がどうしてそのやり方をとったのかとか、どのような失敗を経てそこに行き着いたのかとか、といった一番重要なところが「調査」やビザスク程度の「ヒアリング」ではわからない。私からすると、そここそが一番重要な点であり、そこを片手落ちにしたままの論理展開に欺瞞を感じるのだ。なぜそこが一番重要かというと、それこそが、クライアントや私が「調査対象をどれくらい参考にしていいのか」を判断するための情報であるはずだからだ。

ケーススタディ系は手法論として有名になりすぎたので皆がなんとなく真似するのだが、本当に必要なスジ、押さえるべきポイントが実は非常に難しくて、世の中でこれをやってる連中の98%超がそこを分からないままポイントを外した調査資料を量産しているのではないかと思う。

さて、その「違う」感が具体的になんなのか自分でもよくわからないので、何が意味があって何が意味がないのか知るためにも、実際にやってみようと思う。

 

Reference資料 

3Mを調べることにした。「最もイノベーティブな会社であり続けること」をミッションに掲げており、かつ、私の関心が高い「化学・素材系」分野のメーカーだからである。

[1] 大久保孝俊「3Mで学んだニューロマネジメント」(日経BP
[2] 河合篤男 他「100年成長企業のマネジメント 3Mに学ぶ戦略駆動力の経営」(日本経済新聞出版社
[3] 日経ビジネス2019年1月7日号(P54-57) 「3M / 100年企業が示すオーガニックな成長」

(余談だが、「日経BP」と「日本経済新聞出版社」があるのか... )

 

この記事の前提

開始早々宣言だが、調査らしい調査は取りやめたのでそこには期待しないでいただきたい。

一応初手としては「調査」らしく本や記事を読み、Googleに先んじてとっくの昔から始めていた「15%ルール」と、元素の周期表を模したキャッチーかつ実用的な「技術プラットフォーム」でも語ろうかと思ったが、つまらなさが度を越しており1週間1記事と決めていた投稿ルールを破るところまで行ってしまったので、順当な「調査」は差し控えることにした。

(もちろん、15%ルールやプラットフォーム自体には面白い取り組みだと思うが、これを私がここに書いて何になるの?という)

ともあれせっかく書籍を読むところまでやったので、3Mは仕組みが有名な割に商品実例が弱い点に切り込もうと思う。

 

具体的なイノベーション

3Mが起こしたイノベーションの代表的な実例は、「ポストイット」である。

出現以前はどうしていたんだろうというくらいの商品なので紛れもなく革新的なのだが、3Mは接着剤専門の会社ではないのだからこれだけとは思えない。「技術プラットフォーム」と「15%ルール」の取り組みはかなり広範囲なので、却って「それだけ?」とすら思う。広範囲の取り組みがなされているのだから弾は大量にあるのではないかと思うが、化学系企業はB2CよりB2Bがメインであることが多いため、一般人に説明してもどうせわからんと思ってか、その大量の弾をざっと一覧化したような情報もない。

Reference[1][2]は書名の通りマネジメントについて説明する書籍であり、実例を紹介する目的では書かれていないのだが、イノベーションを起こすマネジメントの有効性を示すためにいくつか具体例が紹介されている。それを引用し、リスト化したのが下記Table 1だ。

Table1 3Mのイノベーションリスト

商品

時期(*1)

出所

耐水性研磨剤

 1921

[2]p83

マスキングテープ

 1925

[1]pxx(*2), [2]p87

セロファンテープ

 1930

[2]p90

屋根などの彩色用カラーフィルム

 1933

[2]p95

ゴム系接着剤

 1934

[2]p97 

交通標識の反射シート

 1934-40の間

 [1]p118, [2]p99,129

コンクリート補修剤

 1940−52の間

[2]p112

種まきテープ

 1940−52の間

[2]p112

ペンキ用顔料

 1940−52の間

[2]p112

繊維保護剤

 1956

[2]p120 

家庭用ナイロンたわし

 1958

[2]p120 

メンディングテープ

 1960

[2]p120

使い捨て防塵マスク

 1961

 [2]p120

車体グラフィック用フィルム

 1964

 [2]p125

カーテンなどの汚れ防止剤

 1967

 [2]p125

手術用除菌シート

 1947

 [2]p140

ポストイット

1968-1980

[2]p164-170

VHBテープ

 1980

 [2]p169_

デジタル医療用画像装置

 1984

 [2]p169

心臓不整脈治療剤

 1985

 [2]p169

反射シート(ダイヤモンドグレード)

 1989

 [2]p184

ガラス飛散防止フィルム

 1991

 [2]p184

*1) 西暦。また、「起源となる着想」「発明」「開発」「発売」などが混ざっている
*2) 引用ページ数失念。いつか思い出したら差し替える

 

Tableを作って思った。

結構あるな????

まあ創業100年以上の会社だし然もありなん。表作るのに当初想定の8倍くらい時間がかかった。必要な人は活用してほしいが、抜けや記載ミスのチェックが甘かったり、[1]と[2]で本当に同じ製品を表してるか分からないものがあったりするので、目的によっては注意されたい。

日本企業、自社についてこんなに書けるだろうか。Ref[1][2]が何を参照してこれほどの事例を記載できたのかは不明であるが、[2]の参考資料に「3Mの社史」がある。「イノベーティブな会社であること」をミッションにしている会社だし、社史に記載されているのかもしれない。

 

これだけあってなぜポストイットなのか

さて肝心のイノベーションの中身だが、やはり

素人には分からないと思って情報を絞っているな

というのが第一印象。少し調べれば明記されているが、3MはB2Bの会社らしい。確かに、Table 1(イノベーションリスト)を見るとより一層その印象が増す。台所のスポンジやセロハンテープから連想してしまうと消費財メーカーのように感じるが、リストを見ると、自動車製造工場、公共交通機関、官公庁(土木系)が主な顧客のようだ。

他商品のエピソードも拝読する限りポストイットが特別に典型的なイノベーションであったわけではない。にも関わらずポストイット一人勝ち状態で語られるのは、Before-Afterの変化などが素人にもわかりやすいことから宣伝用に選ばれていると思われる。こうなるともはやブランディングの意図が大きい。技術者が参考にするには「ポストイット」はサンプルが悪いように思う。

 

この辺で調査を締める=結論を出すとどうなるか

私が知りたいのは「3Mのように巨大化してもイノベーション志向を絶やさない会社をどうやって作るか」「3Mのような素材系企業がイノベーションを起こし続けるのはどうやればいいのか」なので、ここで調査を締めるとしたら、3Mがなぜ伸びてきたか、イノベーションの火を絶やさずに来たかをみなければならない。

・なぜ伸びたか:自動車市場の隆盛に乗ってきた(自動車工場、道路)
・何がイノベーションの元と考えているか:徹底した顧客・現場主義

これを現在(2021年)に真似しようと思ったら、こうなる。

・現代の伸び盛り市場に乗れると良い
・つまり、医療市場の隆盛に乗る
・加えて、マネジメントが優れてるからそれを真似しよう

すごい。急下降急落下でつまらなくなったし苦労して表作った意味ない感満載だ。世界中で医療業界を除いても500社くらいは似たようなことを言ってるであろう。ある意味すごい発見である。なぜだ。

今回は調査としてはReferenceの数も少ないし、Referenceの外から情報を補完できるような経験も少ない。こういう状態で結論らしい結論を急いで出そうとすると、どこかで聞いたことのあるものになってしまうようだ。なるほどリサーチャーやコンサルタントの「調査」がイマイチなのはそのせいだろう。

私自身は、情報に対して「なるほど」つまり「できそうだ」を求めている。「できそうだ」とは「やってる人がいなさそう」つまり「ありがちではない」なので、調査結果が「どこかで聞いたもの」になってしまう現時点では、「やっぱ調査はイマイチだな」というのが正直な感想だ。こういう調査は、いつか「なるほど」を生み出すための基礎知識として蓄積していくのが正しい使い方かもしれない。意外と、3MがB2Bの会社だとか、知らなかったりするし。

 

やってみての所感(1)物量を増やせばいいものができるかも

実は、「3M 研究開発」とGoogle検索するだけで論文がいくつかヒットした。論文といっても専門のJournalに載っているようなものではなかったが、卒業論文シンクタンクの発行物としては十分にテーマ性が強いようだ。すると市場(?)が存在するということで、きっとImpact Factorの高い名記事・名論文があるのだと思うが、どれがそうなのか分からなかった。全て読んでみて「信憑性が高いor分析が見事なのはこの論文である」と結論づけるにも十分な時間を持てなかった。

というわけで、誰もまともな調査・分析をやらない理由は、「研究」に近づいてくるからであろうと感じた。海外から招聘した経済学教授の持ちテーマとして通用するレベルかもしれない。つまり一般的なコンサルタント、リサーチャー、あるいはメーカー企画部門が持たされている金額や時間制限に対してできる範囲を超えているのだ。時間をかければ冒頭に挙げた「調査対象がどうしてそのやり方をとったのかとか、どのような失敗を経てそこに行き着いたのかとか、といった一番重要なところ」に近づけるかもしれない。

 

やってみての所感(2)調査というからにはこれくらいやりたい

研究開発はその性質上、超絶当たりが1商品あれば、やや当たり20や不発100や名前を言ってはいけないあの人ばりに忌み嫌われた大失敗5が含まれているはずだが(数は適当)、研究開発の取り組みとその当たり外れを網羅した情報は流石に手に入れられない。手に入れられないどころか、社内秘資料としてもまず存在しないだろう。(と言いつつ、Referenceの2書籍を読んだ印象だと、3Mなら成功失敗一覧を作っている可能性がある。が、手に入らないことに変わりはない)

なので、3Mが類似の他社に対して、
・走っている研究テーマの数が多いのか?
・研究テーマにかけるリソースが潤沢なのか?
・判断が早いつまりテーマCloseまでの時間が短いのか?
・当たりの打率が高いのか?
不明である。

さらに実のところ、
・そもそも3Mが類似の他社に比べイノベーティブな商品を多くリリースしているのか?
が不明である。

Referenceは2つとも「仕組み」「カルチャー」「実績数」から「当然他社よりイノベーティブ製品が多い」として書かれているが、これは決して「比較」ではない。この辺が「調査」の限界だと思う。

Reference2には、イノベーション率をKPIに組み込まれた結果「既存製品をちょろっと改善しただけの名ばかり新規製品」を出して満足してしまう病理について書かれていた。つまり、「イノベーティブな製品とは何か」という難題を投げかけている。個人的にも、特許出願件数をノルマにされるとなんの思い入れもヒネリもない、文字通り毛を生やしただけの(有機化学分野の人はわかると思う。炭素の鎖をくっつけたり伸ばしたりするということ。マジで毛を生やすだけ)特許を生み出してしまう病理を体験したことがあり、まあそうだろうなという感想だ。

これはつまり、「特許件数」や、自主的な申し出の「新規製品数」は扱う数値として怪しいということだ。複数社のイノベーション例と仕組みを並べて見たほうがいいのかもしれない。パッと思いつくのはこの辺りだ。

3点中2点はノーベル化学賞・物理学賞を受賞した研究だ。こうなるとノーベル化学賞・物理学賞を徹底的に整理するのも一手かもしれない。そういえば、意外とそのような情報は見ない気がする。